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Showing posts from August, 2020

(แปล) บทสัมภาษณ์ชางมิน 🌻 โฟโต้บุ๊ค El Sol (2011)

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  ひまわりって太陽のほうを向いて咲いているんですよね。 そして、太陽から栄養をもらって成長していく・・・。 ひまわりって僕らみたいかなって思った。ファンに対する思いは それに似ている気もするし、でも、時々、逆でなきゃいけない のかなって思ったり。たぶん、僕らとファンはお互いに、 太陽になったりひまわりになったりしてるんだと思う。 “  ดอกทานตะวัน  น่ะบานโดยหันหน้าไปหาดวงอาทิตย์ มันได้รับธาตุอาหารจาก  ดวงอาทิตย์  และเติบโตขึ้น... ผมเลยคิดว่า ดอกทานตะวันช่างเป็นเหมือนพวกผม ผมรู้สึกว่า ความคิดที่มีให้แฟนๆ ดูคล้ายกับมัน แต่บางครั้งก็รู้สึกว่า บางทีมันอาจตรงข้ามกัน ผมคิดว่า พวกผมกับแฟนๆ อาจจะเป็นดวงอาทิตย์ สลับกับดอกทานตะวันให้กันและกันน่ะครับ” 🌞☁️ ただ、ひとつだけ気になるのは、僕たちを太陽だと思ってくれるとするなら、 ひまわりみたいに 太陽を絶対的な存在には思わないでほしいということ。 応援してくださるファンがいてこその 僕らだとは思っているけど、 アーティストはファンの人生においては、現実的な支えや パートナー にはなれないし、ステージや作品で期待に応えることはできたとしても、 それぞれの生活や未来の責任を持ってあげられないから。  “แต่ก็มีเรื่องนึงที่ผมกังวล คือถ้าคิดว่าพวกผมเป็นเหมือนดวงอาทิตย์แล้ว ก็ไม่อยากให้ยึดดวงพระอาทิตย์เป็นสิ่งที่ขาดไม่ได้เหมือนดอกทานตะวันน่ะครับ ผมคิดว่า ที่พวกผมเป็นพวกผมได้ก็เพราะมีแฟนๆ คอยสนับสนุน แต่ในชีวิตแฟนคลับแล้ว ศิลปินไม่สามารถเป็นคนที่คอยค้ำจุนในความเป็นจริง หรือเป็นพาร์ทเนอร์ไ...

200817 หน้าร้อนนี้อาจเป็นปีสุดท้ายที่ฉันเป็นทานตะวัน 🌻🌞

 ฉันเหมือนเมล็ดพันธุ์เสี่ยงทาย ที่ไม่รู้ว่าโตขึ้นจะแบ่งบานดอกไม้อะไร ตอนยังเป็นต้นกล้า ดูเหมือนว่า คนที่เฝ้าฟูมฟักจะปรารถนาให้โตเป็นดอกกุหลาบกระมัง และอาจเพราะฉันเป็นกุหลาบเพียงดอกเดียวของเขา จึงทำให้ฉันได้รับดูแลแสนพิเศษ เขาหมั่นรดน้ำ ใส่ปุ๋ยเฝ้าทะนุถนอมเลี้ยงมาจนโตขึ้นทีละนิด บางครั้งก็ครอบโหลแก้วไว้ราวกับเกรงว่าต้นเบาบับยักษ์จะมาทำอันตรายเสียทีเดียว แต่ยิ่งโตฉันก็ยิ่งรู้สึกว่าตัวเองเป็นดอกไม้ที่แสนเหี่ยวเฉา โหลกระจกใสที่ครอบอยู่สะท้อนเงาราวกับจะบอกว่า ฉันคงไม่อาจเป็นดอกไม้ที่เขาปรารถนาได้ ตลอดช่วงเวลาที่ผ่านมาฉันรู้สึกขอบคุณอย่างไม่รู้จะหาคำไหนมาบรรยายได้ พร้อมกันก็รู้สึกขอโทษที่ไม่สามารถเป็นกุหลาบดั่งใจหวังได้ ปุ๋ยเร่งการเติบโตหรือแม้แต่กระถางสวยๆ ไม่ใช่คำตอบที่ใช่นัก บางทีสิ่งที่ฉันปรารถนาอาจมีเพียงดินดีๆ น้ำฝนชุ่มฉ่ำหัวใจ หรือแสงแดดที่อ่อนโยน เวลาล่วงเลยเข้าสู่วันใหม่วันแล้ววันเล่า จนวันหนึ่งฉันได้พบกับพระอาทิตย์แสนยิ่งใหญ่ ฉันแหงนคอมองพระอาทิตย์อยู่อย่างนั้นปีแล้วปีเล่า ยิ่งรู้สึกว่า พระอาทิตย์อยู่ไกลเท่าไร ฉันก็ยิ่งอยากพยายามยื่นกิ่งก้านให้ได้ไกลเท่านั้น ฉันมีความสุขกับการไ...

a letter | 『雪の華』を想う夏

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12年前の夏を思い出したこの頃。 夏休みに入る前の書道クラスは、 うちわを作るのが課題だった 漢字を厳選したところ、そのころ観ていた映画である 『恋空』の 「恋」 が可愛らしくてそれにしようと考えた しかし周りから意味的な理由で変えるようにすすめられた 母語に 「恋」 と 「愛」 の使い分けがないわたしは 日本人のクラスメイトにその違いについて説明してもらった 言っている意味は理解できたはずなのだが、 言葉の芯はなぜか心に伝わらなくて 漠然としかわからなかったわたしは、 結局うちわの漢字を「永遠」にした たぶん、それはそのときの思い出が 消えないままでいつまでも輝いてほしい という想いが込められたんだろう そしてだいぶ季節外れなのだが、 先月は、日本語を勉強し始めた頃に聞いた 『雪の華』 をまた聴いてみた。 するとある貴重な発見がしたような気がする 「誰かのためになにかを したいと思えるのが 愛ということを知った♪」 っていう最も印象に残るフレーズがその問いを蘇らせて 前からずっと問い続けてきたことがやっと解けたのだ 「恋」 とは深く思いを寄せることがキーワードであるが 「愛」 はいとしいと思う心だと定義される そんな愛の力で愛しい人が失われても 相手を照らす星になろうような勇気が 生まれてくるし、 笑顔のあふれる日でも涙にまみれる日でも いつもいつでもそばにいてあげたいと思えるのだ しかし、きっかけとした 「恋」 がないと なかなか 「愛」 に辿り着かないときがあるから 「恋愛」 と呼ばれるんだろうとわたしは思う 言語能力が上がれば上がるほど ことばの 理解が深まるのは確かかもしれないけど 積み重なった経験がないまま理解しようとしたら 芯まで共感しがたいときもある 12年間をかけてそんなことを学んだような気がする 一ヶ月後結婚する予定の 人生唯一の推し、 そんな彼に幸せを祈ります これからでも、 わずかなわたしの光で 照らさせてください ♥

august, may peace be with you

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今日で梅雨が明けてそろそろ本格的な夏に入ったわね 昨夜は感情的な夢で8月を迎えた 達成感の感じないまま夏に入ってしまったのはもどかしい 終わりの知らないまま人を待っているのも孤独 それが8月始まり、今朝の感想だった わたしは真夏に生まれ、なんと偶然に夏にピッタリ 太陽と歓楽ということばで本名を名付けてもらった。 向日葵のような存在なはずだが、 年を取れば取るほど8月の誕生日が少しずつ 自分に遠くなってきたような気がする さてそれはいつからだっただろう 17歳が訪れたのは日本にいた頃だった。初めて長崎の平和公園に訪ねたもそのときだった。目の前には号泣した第二次世界大戦の被害者であった女性の方がいて当時の話を語ってくれた。言葉の壁でもあり、わたしはうまく理解できなかったが、悲しげなその感情だけを漠然と受け入れた。そのときもっと日本語ができて人間一人としてやさしい励みの一言がかけられたらよかったのにって今更思ってる 大学時代はカンチャナブリっていう旅行先で切ない事実に発見したことも未だに忘れられない。号連軍共同墓地に数え切れない数の墓石には亡くなった方の氏名、年齢、また愛する人からのメッセージが刻まれた。当時のわたしと同い年ぐらいの何人かがこの地に眠れている。最も人生を楽しむべきな最盛期の彼らが夢と希望を運んでここまでやってきたが、戦争で人生が無駄に失われてしまったと思うと、彼らを陰ながら支えたり帰国を楽しみにしたりしていた裏の人々に同情してやまない それで、今では毎年夏が訪れたら気持ちが複雑そうになって、誕生日だからこそ一歳の成長に喜んだらいいはずなのだが、約70年前日本、韓国、母国のタイなどの世界のあっちこっちで起こったことを考えてみたり、戦争を背景とした映画を見たりすると、その心の傷があまりにも大きくていつも心苦しく、すべてが戦争のせいだ、戦争に絶対許さない、、というのを自分に言い聞かせながら、被害者のみなさまに共感すると涙が止まらない。どのように手終えたらいいのかさっぱりわからないとき何回かあった 初夏がすでに始まり、もう少ししたら猛暑の風が運ばれると思う...